ころりん ころらど

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~ラテンアメリカやスペイン語圏の絵本を中心にご紹介します~

いっぽんのせんとマヌエル

2021年9月14日

  • タイトル
    いっぽんのせんとマヌエル
  • マリア・ホセ・フェラーダ(María José Ferrada)
  • パト・メナ(Patricio Mena)
  • 発行年
    2017年
  • 出版社
    偕成社

はじめてのピクトグラム付き絵本『いっぽんのせんとマヌエル』を、偕成社さんより翻訳出版していただきました。

KAISEI WEB 紹介ページは、こちらから。

あらすじ

著者が「線」が好きな自閉症の男の子マヌエルくんと知り合ったことによって生まれた絵本。いっぽんの線が基調になって、短い言葉とシンプルでかわいいイラストにより、ストーリーが進行していきます。日本版には、文字やお話の内容の理解の助けとなる「ピクトグラム(言葉を絵で表現した絵文字)」がついています。ピクトグラムは絵本のイラストレーター自身によるものです。コミュニケーションが難しい自閉症の子は、すきなものをとおして、まわりから受けとる情報を整えたりすることもあります。日本の裏がわチリからやってきた作品。さまざまな子どもたちに、楽しんでいただきたい絵本です。(偕成社、内容紹介より)

本の特徴

・ シンプルなストーリーであること。

・ ピクトグラムが、絵本の画家自身の絵によるために、絵本の絵とうまく融合していること。

・ 違った視点でも楽しめることで、すべての子どもたちが楽しめる絵本になっていること。

本の成り立ち (マヌエルの母親のブログから)

『いっぽんのせんとマヌエル』 が出版されるまでの間、早期療育センターに通うこの本の主人公と子どもたちは、本作りの様々な過程でこの本に関わることができました。そして作家のマリア・ホセ・フェラーダと、画家のパトリシオ・メナに、自閉症の子たちのテキストや絵の理解度について情報を提供し、読者対象に関わる人々の厳しい意見を加えながら試行錯誤を重ねてきました。 ストーリーは、マヌエルの特別な関心である“線”が話の筋となり、彼の特別な視界で日常が成り立っています。線は私を含め、様々な中心部を通っていきます。指で線をたどってお話を見るのは、彼らにとっては自然なことですが、こうした本を見るのは初めてのことです。 線に魅了される子は、マヌエルだけではありません。線をたどることは視覚目的をたどることであり、自閉症の人々の楽しみや遊びの中で生まれる感覚を認識する基本でもあるのです。視覚による遊びは様々な治療法に取り入れられており、今回、線はお話を読むことができるようになるための鍵になっています。

お話に関する権利について

作者 マリア・ホセ・フェラーダ によるエッセイ

チリの非営利組織 児童文学読書推進センター “FUNDACION LA FUENTE” 掲載記事

マヌエルは自閉症の男の子です。彼の母親であるオルガは本が大好きで、いつもマヌエルにお話を読み聞かせしてあげたいと思っていました。そんなある日のこと、オルガはカランドラカ社のマカキーニョシリーズ(Makakiño)の存在を知ったのです。このシリーズは、特別な教育を必要とする子どもたちのために考えられた絵本です。オルガは言います。「この本は、私がお話を読むのを楽しむように、どんな子もお話として楽しめるようにつくられています。それは誰にでも権利があるという意味でもあると思うのです」

私は知的障害を持つ子どものための本作りを学ぶために、奨学金を得てスペインへ行きました。ことの始まりは、それ以前にバルセロナで数年間学んでいた時のことが関係しています。当時、スペインに滞在していた時、いくつか掛け持ちで仕事をしていたのですが、その一つが障害者施設で子どもたちの世話をする仕事でした。その施設は、さまざまな知的障害を持つ子どもたちが暮らす場でした。子どもたちの中には、一言も話すことができない子や、地下鉄の駅や犬や時計の音などに固執する子もいました。私は子どもたちにトイレの世話をしたり、歯を磨いたり、映画を観に連れて行ったり、公園に散歩へ連れて行ったりしました。

この施設についた初日、私はもうここへは来ないだろうと思いました。私にはダウン症の叔父がいます。彼のことは大好きですし、彼と話すととても楽しいのですが、それとこれとは別の問題でした。私が直面したのは、社会の周縁の現実といったものでした。1人でトイレにいけない。食べものをこぼさずに食事ができない。道を歩いたり、起きていることを説明したりといった些細なことができない。

これについて思うところがあり、私はもう一度施設へ足を運びました。それから、もう一度、もう一度と続いて通うようになり、結局、チリに帰国するまでこの施設で働きました。今思い出すのは、仕事であった以上に、この世界で尊厳ある暮らしをおくれるように、お互いにとって必要なこととは何かを多く学びました。このテーマについてさらに理解を深めたかったので、できるだけ多くの人と話しをしてきました。先生、編集者、イラストレーターの方々。けれど、何より私が関心を寄せられたのは、ある動画での母と子の会話でした。その動画に、私は一気に引き込まれました。 それは母親と息子が、カランドラカ社のマカキーニョシリーズの絵本でピクトグラム版の『おしゃれなネズミちゃん』を読んでいる場面でした。男の子の名前はマヌエルです。2年前、自閉症と診断されました。母親の名前はオルガ・ラリン。彼女は「山のように高い、高い(Alto, alto como una montaña)」というブログを書いています。このタイトルは、マヌエルが公園の遊具で高いものを表す時に使うフレーズです。マヌエルは、カランドラカ社の同シリーズにある、ピクトグラム版の他の絵本で描かれているメタファーを使っていたのです。

マヌエルの様々な分野での上達はとても印象的でした。彼のような診断を受けた人々について、私たちは少しでも彼らについて知ることができ、そして、彼らには達成できることがたくさんあるのだということが分かったのです。私は母親のオルガと喫茶店で会って話をしました。彼女は勇気ある寛容な素晴らしい女性です。彼女は涙ながらに語ってくれました。自閉症という診断は、受け入れ難いものとは相反するものだということを。― 子どもに対して抱いていた夢の数々や、たくさんの扉が閉ざされてしまう ― それは恐怖。大変な困難。この難事に取り組むことは不可能…。本が大好きなオルガは、自分の子どもに本を読み聞かせすることを夢見てきました。けれど、それは決して叶わないことだと思っていたのです。

診断から2年、そこには絵本『おしゃれなネズミちゃん』を読む母であるオルガとマヌエルの姿がありました。オルガは語ってくれました。「扉が閉まれば、別の扉が開かれる。今、私には、マヌエルや同じ環境下の子どもたちに対しての責務があると思っています。」 そして、オルガはマヌエルのセラピストと一緒にブログを開始しました。ブログでは、マヌエルに関する日常、言葉への関心など、彼女はたくさんのことを語っています。閉ざされたと思っていた世界に、忍耐と努力と愛情があれば、その世界へ到達することができるのです。マヌエルについて語っているのは、小さな進展の積み重ねの一部です。けれど自閉症の子やその家族にとっては測り知れない進歩なのです。

その頃、私は子どものためのお話しを書いていました。今まで、子どもたちが決して読んだことのないお話を作りました。私の書いた詩や言葉には、自閉症や小児麻痺で非常に困難な状況にある人たちへ向けたものもあります。また、お話しを読むことについても、私はずっと考えてきました。今でも、これについて考えています。単純に楽しむ目的でお話を楽しむことは、尊厳に関わることでもあるのです。あの子たち、つまり福祉施設の子どもたちに、私は多くの恩があると思っています。

オルガは私に話してくれました。「喫茶店にいった時など、本はマヌエルの注意を引きつけるのにも役立っています。本を読むと、物語に集中しています。それがどんなに意味のあることか。さらに本は、彼を取りまく世界の認識を広めるためでもあります。けれど何よりもまず、私が本を楽しむように、どんな子もお話を楽しむように、彼にも楽しんでもらえたらと思うのです。なぜなら、それはすべての人々にある権利のようなものだと思うのです。」

マヌエルは、地元ではみんなから知られています。オルガは、自分の話をブログで伝えてきました。当初、自閉症の子どもは他にいないと思っていたのですが、他にもいることが分かりました。自閉症の子たちの親が彼女のブログに訪問し、彼女の話を知ることで、寄り添ってもらえる気持ちになれるのです。彼女のブログは誠実な語りで、そうあるべきだということを探すものではなく、自閉症と身近に暮らすということが書かれています。 最後に喫茶店で、私たちにはお互いにやるべきことがたくさんあるという話で終わりました。自閉症について知ること、そして彼らに通じる読書というものについて。今はまだ、はじまったばかりです。マヌエルや他の子どもたちのために、するべきことはたくさんあります。もちろん私たちにとっても、自分たちの世界に様々な人がとけこんでいくにつれて、本当に豊かな世界になっていくのです。次の土曜日、私はマヌエルに会いにいきます。5つの言葉以内で書かれたお話を持っていく約束をしています。それは、もうすぐ始まる春についてのお話。

作者について

文:マリア・ホセ・フェラーダ

1977年、チリのテムコ生まれ。ジャーナリスト、作家。子ども向けの本を多く手がけ、作品はさまざまな国で出版されている。日本と日本文学が大好きで、スペインのバルセロナ大学アジア太平洋研究科修士課程を修了、源氏物語のスペイン語翻訳に関する論文を執筆した。チリ言語アカデミー賞、オリウエラ市子どものための詩賞など受賞歴多数。チリ軍事政権下で連れ去られ行方不明になった子どもたちへ捧げた本『こどもたち』は、2016年の国際児童図書評議会(IBBY)オナーリスト(文学作品部門)にも選ばれている。『いっぽんのせんとマヌエル』は、初めての邦訳本である。

絵:パトリシオ・メナ

1980年生まれ。絵本作家、イラストレーター、漫画家。チリで生まれ育ち、現在はスペインのバルセロナで暮らしながら執筆やイラストの仕事を手がける。チリで出版した本は作、または絵のいずれかのみだったが、最近は作・絵ともに手がけたものもある。作品はアメリカ、メキシコ、中国などで出版されている。チリ政府クリエイティブ奨学金を二度受賞、イタリアのボローニャブックフェアではチリ公式代表団にも選出。最近はバルセロナの図書館をめぐりながら新たな絵本プロジェクトを準備中。

おはなしのいちぶ

いっぽんの せんが まちへ つづく。

せんから たいようが のぼる。

せんに とりが とまる。

。。。。。

せんの むこうの ママと あくしゅ。

著者来日イベント

2017年、日本チリ国交樹立120周年記念事業の一環として、 絵本『いっぽんのせんとマヌエル』著者が来日しました。イベントの内容は こちらから

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