しあわせハンス-とりかえっこめいじん-
2021年9月13日
-
タイトルJuan Felizario Contento- El rey de los negocios-(Lucky Juan - the king of bargaining-)
-
発行年2003年
-
出版社フォンド・デ・クルトゥーラ・エコノミカ社/ メキシコ
(México, Fondo de Cultura Económica)メキシコの大手出版社
本書の受賞
・2007年ブラティスラヴァ世界絵本原画展(BIB)賞受賞 金牌 BIB Plaque
・2007年ブラジル図書会議所主催 児童書優秀賞(画家部門2位)
・2007年ブラジル国立図書財団(A Fundação Nacional do Livro Infantil e Juvenil (FNLIJ) )優良推薦図書
・2004年ホワイトレイブンス選定 (ミュンヘン国際児童図書館の優良図書)
概要
ハンスは金貨をもらいます。しかし、それを馬、ロバ、豚、あひるに交換。さて、最後に持っていたものは…。グリム童話『しあわせハンス』を基にしたブラジル人の著名作家によるお話。(対象:幼児から)
作者について
文: アンジェラ・ラーゴ(Angela Lago )
1945年、ブラジルのミナスジェライス州都ベロ・オリゾンテ生まれ。作家、イラストレーター。ミナスジェライスカトリック大学で社会福祉学を専攻。その後、造形芸術家グループとともに彫刻家のワークショップに時折参加していた。1969年、福祉専門学校で精神及び心理的な問題や不適応に陥っている子どもたちのために教師として働く。1975年、広告関係の勉強を始め、マークやロゴ等のデザインを手掛けるようになる。その後、作家兼イラストレーターとして活躍し、自作の作品や国内外の作家の挿し絵を手掛ける他、海外でも高く評価され、多くの作品がスペイン、アメリカ、フランス、日本、中国等の数カ国語で出版されている。
書評
1.アルゼンチンの児童文学オンライン専門誌『イマヒナリア(Imaginaria)』2009年7月19日掲載記事より(要約・抜粋)
アンジェラ・ラーゴの『しあわせハンス ―とりかえっこめいじん―』は、グリム童話『しあわせハンス』を基にしたお話だ。グリム童話を読むと、無垢な人々に対する社会の不当な扱いや、物質的なものが如何に無意味であるかといったことに気づかされることが多いだろう。
しかし、この絵本はそうした古典的伝統文化への敬意を示しながらも、内容は現代のテーマに合わせて組みかえている。このお話のハンスは村には入っていかず、墓場から町を通り、エリートの住む地区やスラム街を抜け、最後には主人公のとっておきの場所へたどりつくのである。
また、イラストの効果がこの旅を語る上で大きな役割を占めている。独特の変化に富んだ構成で都会が描かれており、家並みの不完全なコントラスト、迷宮のように入り組んでつながった線、パステル調の筆使いといったものが主体となり、都市近郊の情景と明確に対比されながら、過酷な環境下にいる子どもたちの生き延びる様子が見事に描かれている。
読んでいくうちに、細部に様々な意味が込められていることに気づき、考えさせられるだろう。アンジェラ・ラーゴの絵本は2度3度読むうち、こうした疑問が次々浮かんでくるのだ。各々の登場人物の行方を辿ると、ハンスに起きる出来事以外のことが絵を通じて語られていく。物語の主人公は確かにハンスで、次々に物を交換していくうちに執着しない幸せな姿勢が描かれていく。しかし、ハンスが去った後の出来事が別の話となって違った結末や生き様を伝えているのだ。例えば、カウボーイは馬から転倒し、だましとった金貨は飛んでいってしまい、持ち主の手に戻る。しかし、そうした運命による公平な裁きの場面は、前の頁に戻って絵を確かめなくてはならない。
読者は墓場の場面で「男たちがポケットにかくしたものは?」、「ハンスはなぜ気づかないのだろう?」と気がきでないだろう。モノこそ価値があるという世の中のシステム上、そう思うのは当然のことだ。しかもハンスは、一瞬にして相手の持っているものに魅了されてしまう。しかし、その数ページ後によく目を凝らして見ると、そこには見事な意図が練り込まれており、墓場では死者が生き返り不正に立ち向かっているのだ。
つまり、この絵本は別の読み方を同時に求めているのだ。ハンスが去った後、人々の表情や争いの場面に仕掛けが敷かれていることに気づくだろう。そして最終ページでは「かけがえのない このいっしゅん、とりかえっこめいじんの ハンスは しあわせなきもちで いっぱいになりました。」という一文に、読者は考えさせられるのではないだろうか。「かけがえのない一瞬とは?」、「かけがえのない生き方をすると、時間の概念が失われるのだろうか?」こうした疑問が後をたたず、様々な意味を持ちながら読者に挑んでいるのだ。
ホルヘ・ルイス・ボルヘスは自らのエッセイ『探偵物語』の中で「エドガー・アラン・ポーは探偵小説のジャンルを始めた時、そのジャンルを求める読者層をつくりだした」と語っている。アンジェラ・ラーゴのような作家の絵本を読むと、読者を形成するというだけでなく、保守的なステレオタイプの再生からかけ離れた芸術家について考えさせられる。子どもの才能に敬意を示すほど、美学は確立されていく。理想郷は、最後にハンスに残した鳥の羽根ほど軽くはない。
作者に対する批評(アマゾンの著者紹介より抜粋)
・アンジェラ・ラーゴは真の芸術家と呼ぶべきである。多数の受賞歴に関わらず、イラストレーターとして、グラフィックアーティストとして、彼女は常に新しい道を切り開き歩み続ける。その結果、彼女の作品はどれも魔法に満ちた驚きをともなう。
(マリア・アントニエタ・カタログ展示会『ブラジルの三人の作家とイラストレーター』より)
・アンジェラ・ラーゴは古いものと新しいものを共存させ、相反する極端なコントラストをつくりだすことに成功している。それは古いものと新しいもの、シリアスとコミカル、過去と未来。その対比が見事に個性となって共存し、アーティストとしての大胆さと個人の持ち味である繊細さを上手く組み合わせている。彼女は次にどんな驚きを見せてくれるのだろうか。楽しみである。
(マリア・サイラ 雑誌ICHI、V3より)
・アンジェラ・ラーゴの作品は、アーティストの将来像を予測するものだ。つまり、彼女は様々な言語やメディアを操る人なのだ。
(アンドレ・メンデス教授)
所感
昔話には、語り手の個性や語られる時代によって様々なバージョンが存在しています。世界的に評価の高い作家アンジェラ・ラーゴが手掛けた絵本『しあわせハンス とりかえっこめいじん』は、昔話へオマージュを捧げながらも、現代のテーマに即した新たなチャレンジを試みています。この絵本はグリム童話の『しあわせハンス』同様に、ハンスの物に執着しない幸せな姿勢が描かれた作品ですが、アンジェラ・ラーゴのすごいところは、ハンスが去った後の登場人物たちの行方が同じ絵の中に組み込まれ、複数のストーリーが同時に展開していくところにあります。例えば、金貨を奪ったカウボーイは馬から転倒し、盗んだ金貨は飛んでいき、元の持ち主に戻っていきます。しかし、こうした展開を知るには、各ページの仕掛けをヒントに、ページを行ったり来たりしながら、その人物の行方を確認しなくてはならないのです。
また、一般によく知られている「しあわせハンス」は、最後に「所有しないこと」に意義を見出しますが、今回の作品では「鳥の羽根一枚」だけが残り、その軽さに限りない幸せを感じます。最後に登場する鳥は、ケツァールかもしれません。古代アステカではケツァールは農耕神ケツァルコアトルの使いで、ケツァールの羽毛を身につけることは最高位の聖職者と王だけに許された特権であったそうです(Wiki より)。
そして都市近郊を描いた絵は、まさにラテン社会の縮図になっています。過酷な環境下にいる子どもたちの生き延びる様や、高級地区に暮らす人々の暮らしぶりが、一枚の絵の中に見事に描き分けられています。人間の狡猾さや弱さが描きだされ、最後には物以上にはるかに大切なもの、本当に美しいものを味わう喜びについて、私たちに問いかけているかのようです。たとえそれが、かけがえのない一瞬だとしても…。様々な発見があり、考える絵本。まさに絵本の醍醐味を味わえる一冊だと思います。
おはなしのいちぶ
これは、とりかえっこめいじん しあわせハンスのおはなしです。
ハンスは、わけまえに きんかを いちまい もらいました。
ぴかぴか ひかる きんかを、
ハンスは、うまと とりかえました。
ぱっぱか はしる うまを、
ハンスは、ろばと とりかえました。
・・・・・・・
そんなわけで、ハンスは
わけまえに きんかを いちまいもらい、
さいごには、とりのはね いちまいになってしまいました。
とりのはねが あんまり かるかったので、
かけがえのない この いっしゅん
とりかえっこめいじん しあわせハンスは
しあわせなきもちで いっぱいになりました。