ころりん ころらど

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~ラテンアメリカやスペイン語圏の絵本を中心にご紹介します~

くもを売る少女

2021年9月6日

  • 原題
    La Vendedora de nubes
  • エレナ・ポニアトウスカ(Elena Poniatowska Amor)
  • ラファエル・バラーハス(ペンネーム:エル・フィスゴン)(Rafael Barajas, El Fisgo’n )
  • 発行年
    2009年
  • 出版社
    プラネタ メヒカナ社
    Editorial Planeta Mexicana (Diana出版社の承認の下)

くもは一生の友だちになれる?

―少女のみた夢がほんとうになった―
ほそい糸にひかれて、少女のうしろをついていく美しいくも。少女は夜になると、くもをびんの中に大切にしまう。くもはちぢまると、水のつぶになるから。ある朝のこと、少女はまずしい生活をささえるために、くもを売りに市場へいった…。自然の恵みと友情をえがいた、ラテンアメリカの偉大な女流作家がおくる心温まるストーリー。(読者対象:小学校中学年から)

メキシコの日刊紙 『El Informador(エル・インフォルマドール)』

2009年11月16日掲載記事一部要約

メキシコの著名な女流作家エレナ・ポニアトウスカ(Elena Poniatowska)がメキシコシティで開催される国際ブックフェアの参加に先がけ、『くもを売る少女』を紹介した。―中略― ポニアトウスカは話の誕生について、次のように語っている。「この話は少女が母親に“どうしてくもは、売れないの?”と質問したところから生まれました。執筆することは、常に人々の関心からはじまるべきなのです」。

―中略― また、今回イラストを担当した風刺画家エル・フィスゴンは、『くもを売る少女』について、次のように述べた。「今まで担当した本の中で最も美しい作品の一つだ。空想的で現実的でもあり、実にすばらしい。彼女は「高貴」という言葉を、「寛容」、「善良」、「人々との共感」という同義語にあてはめて理解する人物だ。そして、それは彼女の作品に表れている。メキシコで最も愛されている知識人の一人である今回の彼女の作品は、国民に最も愛される話になるだろう」

あらすじ

ほそい糸にひかれて、少女のうしろをついていく美しいくも。少女は夜になると、くもをびんの中に大切にしまいます。くもはちぢまると、水のつぶになるから…。ある朝のこと、少女はまずしい生活をささえるために、くもを売りに市場へいきました。

市場で、少女にまず声をかけたのは弁護士でした。弁護士は、くもはだれのものでもないから売れないと、少女に言い聞かせます。次に、お金持ちの婦人は、外国製品でないものは価値がないと不満そうに顔をしかめます。それから、くもを選挙運動に使おうとする政治家、戦争に利用しようとする軍人、研究材料にしようとする科学者…。そこへ、子どもの頃くもを持っていたことがあるという旅人に出会います。けれど、少女はついに通りがかりの工員にくもを売ってしまうのです。

くもをおくりだした後、少女の目からなみだがこぼれおちました。旅人は「そんなに、だいじなものをなぜ売ってしまったんだい?」と、残念そうに少女にたずねます。科学者もやってきて「なにより大事なのは、今、手にしたお金よりも、くもと楽しむことなのよ」と伝えます。夜になっても、少女の涙はとまりません。

ところが、気むずかしいくもに嫌気がさして、工員がくもを返しにもどってきました。少女はくもに無理強いさせてしまったことを心から後悔します。すると、くもが少女の足もとまで、ゆっくりとおりてきました。旅人は、少女を旅にさそいます。「夢みることは、旅するようなもの。いっしょに夢をみよう」。くもはわたのうでをひろげて少女と旅人をつつむと、星あかりの地平線のかなたにきえていきました。

感想

小さい頃、だれでも一度はくもを綿菓子に見たてて、食べてみたいと思ったことがあるかもしれません。しかし空腹のために「くもが食べられたらなあ」と口に出したり、貧しい生活を支えるためにくもを売ろうと思うことは、今の日本ではほとんどないでしょう。

これは決して大げさなのではなく、現代のラテンアメリカの貧困の一部を垣間見る日常なのかもしれません。主人公の少女は子どもにしてはずいぶんしっかりとしていて大人びて見えるのですが、そこには、そうせざるえない事情を抱えているからなのかもしれません。

本来子どもは、もし、くもが自分にだけなついてくれたら、うれしくて、くもと楽しむことしか考えないでしょう。しかしこのお話では、そんな子どもの思いを大人に言わせています。「なにより大事なのは、今、持っているお金ではなくて、くもと楽しむことなのよ」と。そこで、少女ようやく気づくのです。なんてバカなことをしてしまったのだろう…。

少女に話しかける弁護士や政治家、軍人や科学者などのやりとりを通じて、お金や権力のある大人が中心の現実を描きながら、それでも理不尽な扱いに負けることなく、夢をもつ大切さを問いかけています。そのキーマンとなる人物を、社会的弱者であるマイノリティな存在の旅人が担っています。

作者のポニアトウスカ女史の自宅には、学生運動家、労働者、解雇された女工、行方不明者となった我が子の消息を追い悲嘆に暮れる母親など、日々様々な人が相談に訪れているそうです。社会の底辺に眼を向けた彼女の仕事ぶりは、メキシコの人々の信頼と喝采の的となっています。

作者について

文:エレナ・ポニアトウスカ(Elena Poniatowska Amor

『トラテロルコの夜(藤原書店2005年)』より要約・抜粋

「メキシコで最も敬愛され、欧米でも高い評価を得ているジャーナリスト兼作家。ポーランド最後の国王の末裔として、1932年パリに生まれる。1942年、9歳の時に母方の国メキシコへ移住。以来、社会的に弱者とされる人々と深いかかわりを持つようになる。(祖母の屋敷に使える家事使用人との交流でスペイン語を学ぶ。ガールスカウトに入隊し、貧困地区の奉仕活動に従事。その後、米国の修道院付付属学校に学び、無垢な人々の篤い信仰心を敬うようになる)。 学業を終えた1953年、メキシコの有力日刊紙の記者としてジャーナリズムの世界に入り、以来半世紀余り独自のインタビューとルポルタージュの手法を通じてノンフィクションとフィクションの間を自由に往還しながら、現代メキシコの知的文化と大衆文化双方の価値と問題を描きだしてきた。79年、メキシコで女性初の「全国ジャーナリズム賞」を受賞。」

作者のインタビュー 『トラテロルコの夜(藤原書店2005年)』 より引用)

「私は何事にも好奇心が旺盛だけれど、より強く惹かれるのは貧しい人々です。その声こそ、私に養分を与えてくれました。彼らの悲喜こもごもを綴るのが私の社会的使命だと思っているのではありません。彼らに与えられる以上のものを私は彼らから受けとっているのですから」

 作品歴及び受賞歴

1954年 『リルス・キクス(Lilus Kikus)』

1969年 『生き抜いて(Hasta no verte Jesu’ mi’o)』メキシコ屈指の文学賞マサトラン賞受賞

1971年 『トラトラテロルコの夜(La noche de Tlatelolco)』ハビエル・ビジャウルティア賞

1980年 『沈黙は強し(Fuerte es el silencio)』

1985年 『何も、誰も(Nada, nadie)』

1992年 『ティニシマ(Tini’sima)』 マサトラン賞受賞

2001年 『天空の牡牛(La piel del cielo)』アルファグラ賞受賞

2007年 『列車は先に通過する(El tren pasa primero)』ロムロ・ガジェゴ賞受賞

その他50点を越える著書があり、様々な言語に翻訳出版されている。

邦訳作品

トラテロルコの夜:メキシコの1968年(藤原書店)

絵:ラファエル・バラーハス(ペンネーム:エル・フィスゴン)

(Rafael Barajas, El Fisgo’n

1956年メキシコ・シティ生まれ。風刺画家、建築家、作家。メキシコの大手日刊紙「ラ・ホルナーダ(La Jornada)」で風刺画を担当。“エル・フィスゴン(el Fisgo’n、「のぞきや」の意味)”のペンネームで知られる。主な作品(いずれも未邦訳)に 『So’lo me ri’o cuando me duele (つらい時は、ただ笑う)』、『La bola de la independencia(独立への偉業)』、『Co’mo la hacen de Pemex (ぺメックスからどうやってつくられるのか』等、多数。ジャーナリズムの世界で活躍する他、子どもの本のイラストも手がけている。

受賞歴

若手ジャーナリズム・ヤングマヌエル賞

記者クラブによるコンスタンティノ・エスカランテ賞

全国ジャーナリズム賞

国際ブックフェア2010ラ · カトリーナ賞

おはなしの一部

市場には、やきトウモロコシ、タマネギ、コリアンダー、山でとれた たくさんのハーブのかおりが まじりあっています。なんて いいにおいでしょう。市場のもの売りたちは、いろいろなやさいやくだものを店さきにならべています。山づみになったオレンジ、どっしりとしたスイカ、とれたてのトウガラシのピラミッド、たくさんのカボチャのたね。

品物がいっぱいの店がならぶ中、ひとつだけ からっぽの店がありました。かごも、いすもなければ、ハエたちをよびよせる マンゴーのあまいしるのあともありません。そして、ビニールのしきものの上には、少女がひとりぽつんと立っていました。

「やあ、おじょうちゃん。いったい、なにを売っているのかね?」

「わたし?このくもです」

「どのくもだって?」

「その上にあるくも」

「どこにだって?」

「ほら、この上。見えない?」

・     ・・・・・・・・・・・・・・・

「くもをほしい人はいませんか?くもを買いませんか?

スモッグなしの、とっても きれいなくもですよ」

しばらくすると、少女はつかれきってしまい、つい口にだしてしまいました。

「ああ、おなかすいた!せめて、くものかけらでも食べられたらなあ!」

その声をきいた軍人が、少女に はなしかけてきました。

「おじょうさん、なにをぶつぶついっているんだね?」

「くもと、はなしてるんです。いかがですか?このくもをお売りします。ほんものの くもなんです」

「むむ…!くもか…。かんがえたこともなかったが、わたしの飛行機をかくすのに やくだつかもしれん。まさか、くもの中にいるとは、だれも思わんだろう…。きみのくもは、命令にしたがうかね?」

・     ・・・・・・・・・・・・・・・

「この人のいうとおりよ。できることならわたしだってしりたいわ。どうしたら、くものゆめを見れるのか。なぜ主人にしたがう子イヌみたいに、くもはあなたのあとをついてくるのか。だれにもおきないようなことが、なぜあなたにだけおこったのか。でもね、そんなことよりもたいせつなのは、いま手にした7ドル75セントより、くもとたのしむほうがずっとだいじだってことなのよ」

少女は、また なきだしてしまいました。

くもを手ばなしてしまったことが、世界一かなしいできごとに思えました。

夜になっても、なみだはとまりません。

少女のまわりに、なみだの水たまりがひろがっていきました…。

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