portada en japones

llorar para crecer

guardan en un cofre

原題:¿Por qué lloramos?

仮題:どうして なくの?

文:フラン・ピルタデーラ FRAN PIRTADERA

絵:アナ・センデル ANA SENDER

発行年:2020年  出版社:偕成社

ーーだれでもみんな、なくのです。

子どもから若者、大人そして老人まで

男女かかわらず、おおきい人もちいさい人も

ふとっている人もやせている人も、だれだってみんな、なくのですーー

偕成社さんから、11月に刊行となりました。

スペインで出会った絵本です。

 

偕成社(内容紹介より)

ある日マリオは、ずっと考えていたことを思いきっておかあさんにたずねました。「ぼくたち、どうしてなくの?」

おかあさんは、どうしてなくのか、いくつものことを話してくれました。

かなしいとき、おこってなくこともある、じぶんのいるところがわからなくなったとき、だきしめてほしいとき、

おとなになるためになくこともある、何時間さけんでも気がすまなくてなくことも

「なくこと」についてつづられた詩のようなシンプルな言葉のなかには、深い思いがかくれています。

美しく魅力的な絵とのコラボレーションは、読む人にたくさんのことを思いおこさせてくれて、安心感をもらえるかもしれません。

なくことはたいせつなこと。おしまいには、「なみだ」についての科学的知識も紹介されています。

 

フラン・ピンタデーラ(作家)
“この絵本は、ぼくの直観が生み出したものだ。お話をかくときには、ぴったりの言葉をさがそうとするものだ。けれどときに、いつのまにか机の前にいて、だれかに書かされているような、そんなふうにお話をかくこともある(それがいちばん、すばらしいことだ)。このお話は、ぼくの子ども、または昔のぼくの問いかけにこたえようとしている。ひょっとしたら気づかないうちに、ぼくはこの物語をきみのためだけにかいたのかもしれない。”

 

アナ・センデル(画家)
“わたしがはじめてないたのは、かれこれ40年前、バルセロナ郊外の町でした。そのあとしばらく、わたしはなき方も、話し方も、わすれていました。でも、絵をかくことだけはよくおぼえていたので、言葉にできないとき、なみだがでないとき、さけびたい気持ちをぐっと飲みこんだとき、それを絵にしました。”

 

 

日本のみなさんへ 著者からのメッセージ
作家フラン・ピンタデーラさん
「桜の谷」として知られる山のふもとに、ぼくは暮らしています。春になると、桜の花がその美しい色と形で、みんなを楽しませてくれます。そして、ぼくの住むこの小さな町と、遠くはなれた日本とでは、大切にしているものがよく似ています。美しくささやかなものに感動することです。みなさんの国で出版されたぼくのお話は、たくさんの桜の花のひとつのようです。シンプルなお話は世界共通にわかりあえます。この本を読んで、種をまき、水やりをしてくれてありがとう。

 

画家アナ・センデルさん
『どうしてなくの?』 のお話をいただいたとき、感情というのは人それぞれの生き方や感じ方が違うので、とてもデリケートなテーマだなと思いました。どんな絵をかいたらいい?ありきたりな場面やシンプルな自己啓発本に陥らないようにするには、どうしたらいい?でも、これこそ私がもとめていた本だったのです。この本はマニュアルのように感情を説明したり、分類してはいません。感情の線引きはあいまいで、いろんな気持ちが入りまじり、その深さは計りしれないのです。

 

このお話は、あらゆる可能性の扉をひらいてくれます。私たちは誰もがさまざまな理由で泣き、それにはどれも意味があります。この本には、泣いてよいとき、泣いてはいけないときについて書かれてはいません。でも、なみだはどれひとつ同じものはないし、感じ方でちがうことを理解する助けになるかもしれません。私が絵をかくのが好きなのと同じぐらい、みなさんに気に入ってもらえますように。

 

■ おはなしのいちぶ

マリオは ずっと

かんがえことを していました

おかあさんは じっと

マリオが なにかいいだすのを まっています

そのうち

マリオは やっときこえる

ちいさなこえで いいました

「ぼくたち どうしてなくの?」

 

・・・

 

おとなになるために なくことも あるのよ

ぽたり ぽたり なみだのしずくで

こころが ゆたかになるの

なくのを がまんしたら

いしのように カチカチになってしまう

 

・・・

 

たからばこに おもいでをしまって

かぎをかけてしまうひと いる

でも そのうち

なみだが かぎあなを みつけて

ながれだすの