ちょっとかわったおかしないぬの画像

■    タイトル:とびきりおかしないぬ《Un perro muy raro》

作者:ホセ・ワタナベ(ペルー人)

発行年:2007

出版社:Ediciones PEISA (ペイサ社)

2015年、ワールドライブラリーさんで翻訳させていただきました。

とびきりおかしないぬ画像

 

あらすじ

ニコラスおじいさんは、港のちかくでくらしていました。ある日、一匹の犬が近づいてきて、なにか食べさせてほしいとお願いされます。おじいさんは、その犬をとてもかわいがるようになり、一緒にくらすようになりました。でもこの犬、実は、とびきりおかしな犬だったのです。大好物はなんと魚、ゆうびんやさんがきてもまったくほえず、猫にもまるで興味がありません。そんなある日、とうとうその秘密が分かるときがやってきました。

おじいさんと犬が船着場を散歩していた時のこと、男の子のボールが海に流されてしまったのです。泣いている男の子のために、犬は変装(!)していたぬいぐるみを脱ぎすて、海の中へと飛び込んでいきました。本来の姿にもどって…。そう、この犬、実は南極からはるばるやってきたペンギンだったのです。

ペンギンは、おじいさんに本当のことを話します。南極へ帰されるのを恐れていた寒さが苦手なペンギンを、おじいさんは変わらぬ愛情で優しくむかえいれます。今度は、おじいさんの大切な息子となって…。 対象年齢:6歳から)

 

 

■作者について:

文: ホセ・ワタナベ

日系2世のペルー現代詩人。1946年、ペルー北部のラ・リベルタ州ラレドで、日本(岡山県)からの移住者の父親とぺルー人の母親との間に生まれました。1970年、詩誌『クアデルノス』主催の若手詩人コンクールで最優秀賞を受賞。現代詩人として評価を得た後、詩人としての活動の他に、映画や芝居の戯曲を執筆、ナレーターや子ども向けテレビ番組のプロデューサーとしても活躍しました。2007年に癌で亡くなりましたが、その前の1年間、特に子ども向けの絵本の執筆に力を注ぎ、計8冊の絵本(未発表だった作品3冊が没後出版。それを含めると計11冊)が出版されています。この絵本は、子どもが読んで楽しめる本づくりを目指したワタナベ氏の遺作となった作品です。

 

絵:ビクトル・アギラール

ペルーのカトリック大学でグラフィックデザインを学び、1999年より、ペルー最大手新聞『エル・コメルシオ』で、イラストレーターとして活躍中。本書の他、『アントニオおじさんとアホウドリ』(ホセ・ワタナベ、ミカエラ・チリフ共著)の絵本のイラストも担当しています。

 

■感想

作者は、ペルーで有名な現代詩人です。海外での評価も高く、スペインやコロンビア等で詩集が数多く出版されています。日本にも2001年、雑誌『詩と思想』に彼の詩作品が数点紹介されました。父親が日本人ということもあり、本人も自分のルーツにはとてもこだわりがあり、作品の多くに日本人の美徳とされている謙虚さや繊細さが現れたものが多く見られます。

この絵本は、とびきりおかしな犬を、おじいさんがありのままに温かく受け入れるというお話です。ワタナベ氏は日系2世のペルー人ですが、彼のようにペルーには日本からの移住者とその子孫が約8万人以上くらしています。また、ペルーをはじめとするラテンアメリカ諸国は、まさに人種のるつぼと言うにふさわしい国々でもあるわけです。日系人として生きたワタナベ氏にとって、ペルーは多様な人種を受けいれる懐の大きな国であったに違いありません。そんな想いが、おじいさんがペンギンを外見や常識で判断せずに無条件に受け入れるというところに通じているように思えてなりません。

ワタナベ氏には、ペルーで一度だけお会いしたのですが、とても物静かで優しく語りかけるように話す方でした。この作品に登場するおじいさんは、ある意味で作者自身をも反映しているように思えます。ワタナベ氏は残念ながら2007年に癌で逝去されましたが、この作品は、子どもの絵本に取り組んだワタナベ氏の遺作となった作品です。

ずうずうしく ふてくされた犬の態度と、おじいさんの優しくおおらかな性格が相反していて、会話の掛け合いがユーモアたっぷりに展開していきます。また、巻末の「皇帝ペンギン」についての解説は、生態や特徴等を分かりやすく紹介しており、自然科学における知識も得られるようになっています。多文化共生という言葉がよく使われるようになった今、日本の子どもたちだけでなく、日本にくらす日系ペルー人やブラジル人をはじめ、多くの外国籍の子どもたちに届けたい一冊です。「みんなちがって、みんないい」と思えるように。

 

■本書に関する新聞掲載

ペルー最大手新聞 El Comercio”(エル・コメルシオ2007年8月28日掲載

この絵本を手がけたのは、多才な作家ホセ・ワタナベ氏と日刊紙エル・コメルシオで活躍中のイラストレーターのビクトル・アギラル氏である。詩人ワタナベ氏は、2007年4月に亡くなった。これは、誰もが記憶に新しい、忘れがたい出来事に違いない。アギラル氏は、ワタナベ氏について次のように語っている。「この物語を実現するにあたり、ホセに直接お会いしたのは3回だけで、それ以外は、電話やメールで詳細を詰めていった。しかし、彼の作品に対する熱意やそれに捧げる姿勢は、十分に伝わってきた。最初に会った時、彼は僕にストーリーを聞かせてくれた。僕は、まるで子どものように、彼の話す物語を聞き入った。その時、登場人物たちや場面のイメージが自然と膨らんでいった。『どうしたら小さい子どもたちに、話の続きを読みたいと思わせることができるのか』、ということについて、彼は熱意を持って語ってくれた。とても教育熱心だった。」

残念ながら、ワタナベ氏はアギラル氏の絵を実際に見たのは最後の一頁のみで、残りは下絵のみだったようだ。このストーリーには特に思い入れが強く、細部にわたり関心を寄せていた。これに関しては、次のようなエピソードが残されている。亡くなる数週間前、ワタナベ氏は、病院の待合室で偶然雑誌に載っているペンギンの写真を見つけた。その頁を切り取りポケットに入れると、「これは、ビクトルに役に立つかもしれない」と、妻のミカエラ夫人に語っていた。また、入院中も、このストーリーの登場人物たちのことがずっと頭にあったようだ。「ビクトルに伝えてくれ。絵にするとき、ペンギンのあしによく注意するように」と、話していたそうだ。 きっと、この時点で、結末はハッピーエンドで終わるようになっていたに違いない。

 

■ おはなしの一部

つぎの日、あさごはんをたべたあと、おじいさんといぬは さんぽにでかけました。

いつものように、いぬは ゆっくり 2ほんあしで、ヨチヨチあるいてゆきます。

しばらく あるいていくと、ひくい木にかこまれた はらっぱへやってきました。

さっそく、おじいさんは ちいさなぼうをつかむと、いぬにみせてから、いきおいよく、とおくへなげました。

 

ところが、いぬは ぴくりとも うごきません。

「ぼうを とりにいかなきゃ いかんじゃろ」おじいさんは、いいました。

いぬは しぶしぶ ぼうをひろいにいきましたが、木のうらで まよってしまいました。

しばらくして、いぬは へとへとになって もどってきました。でも、ぼうを もっては いません。

 

「とおくへ、なげすぎだよ。ぼうは、みつからなかったよ」

「いぬはみんな、ぼうをみつけて とってくるもんじゃがな。なんどもいうようじゃが、

おまえさんは、ほんとうに おかしないぬじゃのう」

………………