火をぬすんだオポッサムの画像

原書の情報

タイトル:火をぬすんだオポッサム(Ladorón del fuego)

文: アナ・パウラ・オヘダ(Autora: Ana Paula Ojeda)

絵:ファン・カルロス・パロミーノ(Juan Carlos Palomino)

発行年:2013年

出版社:テコロテ社(EDICIONES TECOLOTE社)および国立文化芸術審議会(CONACULTA)

(テコロテ社は、メキシコの出版社。ボローニャブックフェアで、ニーホライズン部門で受賞歴を持つ。)

 

■ 概要

メキシコの火にまつわる神話。世界がはじまったころ、かしこいどうぶつオポッサムは この地上に火をもたらし、人間にそれをあたえました。オポッサムのおかげで、人間は火のあるくらしを手に入れ、歴史がはじまったのです。

メソアメリカ文明の時代、オポッサムは人間のために 神から火やトウモロコシを盗んだ勇かんな動物とされていました。また、プルケ(メキシコの伝統的な飲み物)やリュウゼツランの果汁の作り方も人間に教えたとされています。

ちなみに、オポッサムは5千万年前に現れた地球上最も古い哺乳類の一種だそうです。ネズミに似た外見をしていることから、フクロネズミとも呼ばれることもあります。死んだふりをする動物として有名です。

 

■ あらすじ

世界がはじまったころ、にんげんは まだ にんげんでなく、どうぶつも どうぶつではありませんでした。けれど、あらゆるものに 心はやどっていました。すべて いのちあるもの。ただ、やみにつつまれ、まっくらな世界にいたのです。

人間にたのまれたから?それとも、おこるべくして おこったのか…。なにわともあれ、かしこいどうぶつオポッサムは、火をさがしにでかけました。オポッサムは、いつも 神さまにいちばんちかいところにいました。だから、火がどこにあるか しっていたのです。

山のてっぺんには、火の番人がいました。火の番人は 火とトウモロコシを とてもたいせつにしていました。そこで オポッサムは 火の番人からトウモロコシをぬすみ、ひるとよるのいろをつけました。そして、ひるとよるを 一日となづけたのです。すると、時がゆっくりと きざみはじめました。ひるはよるにつづき、よるはひるにつづくようになったのです。こうして、時をきざむじかんがうまれたのです。

それから、オポッサムは おなかに こどもたちをいれる ふくろをもっていました。そこで、すこしばかりの火を ふくろにいれて、そっともちかえったのです。火がぬすまれたことにきづいた火の番人は、オポッサムをうちのめし、ばらばらにしてしまいました。ところが、しばらくすると、死んでしまったオポッサムは じぶんで ばらばらになったからだをあつめて、ふたたび うまれかわったのです。

こうして、オポッサムはにんげんに火をわたしました。これほどすばらしいおくりものは ありません。きまりをやぶり、きょりをなくすことも、だいじなことだったのです。火は、かこをもえつくし、あらたな道をひらいてくれます。だから、農夫たちは 作物のとりいれがおわると、焼畑にするのです。火のおかげで にんげんはにんげんになり、そして、れきしがはじまったのです。

 

■ 作者について

文:アナ・パウラ・オヘダ(Autora: Ana Paula Ojeda)

スペイン・メキシコ教育機関 マドリッド学校2012年度生

 

絵:ファン・カルロス・パロミーノ(Juan Carlos Palomino)

1984年メキシコ生まれ。スペインのSM社、グアダラハラブックフェアが主催する第4回イベロアメリカ・イラスト・カタログ(Catálogo Iberoaericano de Ilustración)のイラストコンクールで最優秀賞を受賞。絵を通して伝わってくる神秘と表現力は、見る者を魅了させるとして、審査員から高く評価された。

 

受賞歴

第4回イベロアメリカ・イラスト・カタログ(Catálogo Iberoaericano de Ilustración)のイラストコンクールで最優秀賞(18カ国、607名のイラストレーターの作品から選ばれた)

国立文化芸術審議会カタログ賞

 

作品

『おじいちゃんのガラスの目(El ojo de vidrio de mi abuelo)』(2012年  Ediciones Castillo)

 

■ 感想

日本人とメキシコの先住民は 遠い祖先はモンゴロイドとされ、人種が同じという説があります。それゆえに、お互いの世界観には共通したものがあるように思えてなりません。例えば、マヤの世界観は破滅と再生の周期をもつとされていました。一方、日本には輪廻転生という仏教用語があり、生死は何度もくり返されるとされています。だからでしょうか。メキシコの神話は、日本人の心に自然としみこんでくるような気がしてなりません。そこには西洋の神話とは明らかに異なるものがあり、自然観を共有しているように思えるのです。

 

■ おはなしのいちぶ

いちばんたかい山のてっぺんに

天から火がおちてきました。
地上に、火をもたらしたどうぶつ

それが、オポッサムだったのです。

せかいは まだ、はじまったばかりでした。
にんげんは、にんげんではありませんでした。
どうぶつも、まだ どうぶつではありませんでした。

・・・・・

山のてっぺんで、

火の番人が 火をまもっていました。
山のてっぺんで、
火の番人は、トウモロコシを たいせつにしていました。

オポッサムは、こっそり トウモロコシをぬすみだし、
ひるとよるのいろで、トウモロコシに いろをつけました。

火の番人が あわてふためいているあいだのことでした。
時が ゆっくりと きざみはじめたのです。
よるは ひるにつづき
ひるは よるにつづくようになりました。

こうして、ひるとよるが うまれたのです。

・・・・・・

オポッサムは おなかに 子どもたちをいれる

ふくろをもっていました。

そのため、火の番人も オポッサムのしたことに きづきませんでした。
かしこいオポッサムは、すこしばかりの火を

ふくろにいれて、もちかえったのです。

・・・・・・・・・・・・・・

火のおかげで

にんげんは にんげんになりました。
このようにして、れきしが はじまったのです。